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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1301号 判決

原告 株式会社 昭林

右代表者代表取締役 林昭宏

〈ほか一名〉

右訴訟代理人弁護士 藤巻克平

被告 日本海貿易株式会社

右代表者代表取締役 後藤鈴男

右訴訟代理人弁護士 丁野清春

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告株式会社昭林(以下「原告会社」という。)の被告に対する別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)の支払債務の存在しないことを確認する。

2  本件手形をもって支払うこととされた昭和四五年一〇月一日から昭和五一年二月までのソ連材の売買代金債権につき、原告林昭宏(以下「原告林」という。)の被告に対する昭和四五年一〇月一日の連帯保証契約に基づく連帯保証債務の存在しないことを確認する。

3  被告は、原告会社が別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)(一)ないし(四)及び(六)につき、所有権を有することを確認する。

4  被告は、原告会社に対し、本件不動産(一)ないし(六)についてされた別紙登記目録記載の登記(以下「本件登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

5  被告は、原告会社に対し、金五億三七〇一万三七八二円並びに内金三億八八八八万七九二二円に対する昭和五一年六月五日から、内金二九三万八六〇〇円に対する昭和五四年一二月一二日から、内金一八六〇万七二六〇円に対する昭和五六年一〇月一日から及び内金一億二六五八万円に対する昭和五六年一〇月二二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

6  被告は、原告会社に対し、昭和五六年一〇月一日から本件不動産(一一)の滅失に至るまで一ヶ月金八八万六〇六〇円の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は、被告の負担とする。

8  5項及び6項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告らに対し、請求の趣旨1項及び2項記載の債権を有すると主張している。

2  原告会社は、もと本件不動産を所有していた。

3  被告は、本件不動産(一)ないし(四)及び(六)につき所有権を有すると主張している。

4  本件不動産(一)ないし(六)につき、被告を権利者とする本件登記がされている。

5(一)  被告は、本件不動産(七)ないし(一一)につき、別紙根抵当権設定登記目録記載の登記(以下「根抵当権登記」という。)(四)に係る根抵当権の実行として競売を申し立て、昭和五四年一〇月一一日、訴外雄大株式会社(以下「雄大」という。)がこれを競落し、雄大は、同年一二月一二日までに右競売代金を納付した。

(二) 右根抵当権は、以下の(1)ないし(4)のいずれかの理由により、その実行をすることができない。

(1) 右根抵当権の被担保債権は、根抵当権設定契約締結後に被告が原告会社に売り渡すこととなっていた木材の代金債権であるところ、原告会社は、右契約締結後に被告から木材の供給を受けていない。

(2) 被告は、原告会社に対し、真実は根抵当権設定の意思がないのに、自己の親会社(訴外王子製紙株式会社)への説明及び社内対策のため根抵当権を設定したという形式を整えたいと申し入れ、原告会社はこれを承諾して、右根抵当権登記(四)の原因となる根抵当権設定契約を締結した。

(3) 被告は、原告会社との間で木材取引を継続する意思がなかったにもかかわらず、原告会社に対し、根抵当権設定の形式を整えてくれれば木材取引を継続すると申し入れた、その結果、原告会社は、木材の取引は継続されると誤信して根抵当権登記(四)の原因たる根抵当権設定契約を締結した。したがって、原告会社の右意思表示は、錯誤に基づくものであり無効である。

(4) 被告の原告会社に対する右(3)記載の申入れは、原告会社を欺くものであり、原告会社は、その旨誤信して、右根抵当権設定契約を締結したのであるから、原告会社は、昭和五四年三月二六日、本件訴状をもって、右意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

(三) 被告は、(二)のとおり、根抵当権登記(四)に係る根抵当権が存在しないことを知りながら、(一)のとおり、これに基づいて競売を申し立て、その結果、原告会社に以下の損害を与えた。

(1) 原告会社は、雄大の競売代金納付により、本件不動産(七)ないし(一一)の所有権を失い、その価値相当の損害を受けた。本件不動産(七)ないし(一一)の時価は、三・三平方メートル当たり金二〇〇万円を下らないから、原告会社の受けた損害は、合計金一億二六五八万円を下らない。

(2) 本件不動産(一一)の床面積は、二〇九・二三平方メートル(六三・二九坪)で、その所在地域の昭和五四年一〇月から一二月ころにおける事務所賃貸料は、三・三平方メートル当たり一ヶ月金一万四〇〇〇円を下らない。したがって、原告会社は、本件不動産(一一)の所有権を失った後である昭和五五年一月一日から昭和五六年九月三〇日までの間に、一ヶ月当たり金八八万六〇六〇円、合計金一八六〇万七二六〇円の賃料相当の損害を受けた。

(3) 原告会社は、本件不動産(一一)が滅失するまでの間、これを使用して一ヶ月当たり金八八万六〇六〇円を下らない収益をあげることができたにもかかわらず、前記のとおり、被告の行為によりその所有権を失って、右の収益をあげることが不可能になった。

6(一)  原告会社は、本件不動産(一一)の内部に、別紙動産目録記載の動産(以下「本件動産」という。)を所有していた。

(二) 被告は、右事情を知りながら、原告会社が同所から本件動産を搬出しようとしたのを妨害したうえ、昭和五三年一〇月ころ、これを前記雄大に引き渡し、その所在は不明となった。

(三) 本件動産の時価相当額は、金二九三万八六〇〇円であり、原告会社は、右相当額の損害を受けた。

7  (被告の債務不履行)

(一) 原告会社は、被告との間で、昭和四五年一〇月一日、被告がソビエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連」という。)から輸入したソ連産用材(エゾ松、トド松、カラ松、アカ松、紅松等)及びパルプ用材その他被告の取扱用品を原告会社が取引期間の定めなく継続的に買い受け、取引数量、売買代金額等は、別途協議の上定める旨の契約(以下「本件継続的契約」という。)を締結した。

(二) そのころ、右契約の履行については、被告が先履行としてソ連材を原告会社に引き渡し、その数日後に被告から原告会社に請求書を交付し、原告会社がこれに従って約束手形を被告に振り出して満期に決済することとされた。

(三) 原告会社及び被告は、昭和五一年一月末ころ、同年中に被告が原告会社に売り渡すべきソ連材の数量を一〇万立方メートルとする旨の合意をした(以下「供給合意」という。)。

(四) 被告は、原告会社が既に引渡しを受けた木材の代金支払のために振り出していた約束手形を昭和五一年六月五日及び七日に支払のための呈示をしたところ、折から資金不足の状態にあった原告会社は、その支払をすることができず、取引停止の事態に陥り倒産した。

(五) 右資金不足の状態は、被告が(三)の約定によって原告会社に引き渡すべき木材のうち九万二一五七・五四六立方メートルの引渡しをしなかったことによって発生したものであり、昭和五一年の木材業界は、年初のころから景気が上昇の兆しを示し、六月ころから年末にかけて著しい上昇傾向を示していたのであるから、被告が右木材を供給していたならば、原告会社は倒産しなかった。

(六) 被告が原告会社に木材を供給しなかったこと及び原告会社が倒産したことにより、原告会社は、以下のとおり、合計金一一億六七九一万〇三五八円の損害を受けた。

(1) 被告が原告会社に対し昭和五一年中に供給すべきソ連産木材の未履行分七万三八四七・三六九立方メートルについて、別表(一)の逸失利益額総計に相当する金三億〇二三一万四二七四円の損害を受けた。

(2) 原告会社は、ソ連木材輸出公団(以下「エクスポートレス」という。)と、昭和五一年中に一〇万立方メートルの木材を輸入する契約を締結していたが、前記倒産によりこのうち九万二六四六・一七立方メートルにつき、別表(二)の算出による取得すべき利益相当額金四億四五一六万七一九九円の損害を受けた。

(3) 原告会社は、倒産しなかったならば、昭和五二年中においても、昭和五一年中と同程度にエクスポートレスから輸入をし、その販売による利益を得ることができたはずであり、別表(三)の逸失利益額に相当する金二億四五四三万九八二八円の損害を受けた。

(4) 昭和五〇年ころ、原告会社外六社は、日本海貿易協同組合の組合員となり、同組合がエクスポートレスから輸入した木材を一定割合による配材を受け、原告会社は、全体の二三パーセントの割合の配材を受けていたところ、昭和五一年中に原告会社が配材を受けるべき一万一五〇〇立方メートルの木材のうち、七五六四立方メートルにつき、前記倒産のため配材を受けて転売利益を得ることができなくなり、別表(四)の逸失利益額に相当する金三八四〇万二八七七円の損害を受けた。

(5) 原告会社は、昭和五二年においても、(4)と同様に日本海貿易協同組合から配材を受ける予定であった木材につき、倒産により配材を受けることができなくなったので、別表(五)の逸失利益額に相当する金二八一六万八六〇二円の損害を受けた。

(6) ソ連から木材を輸入する場合の代金の支払は、輸入から一二〇日後に決済することが一般的であるから、輸入時と決済時との間に生じた為替差益は、輸入者に帰する。原告会社は、昭和五一年及び五二年中にエクスポートレスからの木材輸入により取得すべき為替差益を倒産により取得することができなくなった。その損害額は、別表(六)(七)の差益総額に相当し、昭和五一年が金四六九万五九六六円、昭和五二年が金一億〇三七二万一六一二円である。

よって、原告会社は、被告に対し、請求の趣旨1記載の債務の存在しないこと及び本件不動産(一)ないし(四)と(六)につき所有権を有することの各確認を求め、所有権に基づき、本件不動産(一)ないし(六)につき本件登記の各抹消登記手続をすることを求め、債務不履行に基づき、金一一億六七九一万〇三五八円の内、再抗弁1記載の相殺の自働債権に供した金員を除く金三億八八八八万七九二二円及びこれに対する債務不履行の後である昭和五一年六月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、不法行為に基づき、金一億四八一二万五二六〇円及び内金二九三万八六〇〇円に対する不法行為の後である昭和五四年一二月一二日から、内金一八六〇万七二六〇円に対する弁済期の後である昭和五六年一〇月一日から、内金一億二六五八万円に対する不法行為の後である昭和五六年一〇月二二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに不法行為の後である昭和五六年一〇月一日から本件不動産(一一)の滅失にいたるまで一ヶ月金八八万六〇六〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、原告林は、被告に対し、請求の趣旨2記載の債務の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4は認める。

2  同5(一)の事実は認め、(二)及び(三)の事実は否認する。

3  同6(一)の事実を認め、6(二)のうち被告が本件動産の搬出を妨害したこと、本件不動産を雄大に引き渡したことは認めるが、その余の事実及び6(三)の事実は否認する。

4  同7のうち、(一)(二)の事実は認め、(三)の事実のうち、数量を一〇万立方メートルとしたことは否認し、その余の事実は認め、(四)の事実は認める。

同7(五)の事実のうち、被告が原告会社に対し、木材の引渡しをしなかったことは認めるが、その余は否認する。

5  同7(三)の供給合意は、以下のとおり法律的拘束力がない。また、合意に達した供給量は、八万三〇〇〇立方メートルである。

(一) 右供給合意においては、供給すべきソ連材の樹種、長さ、太さ、品質、ソ連からの木材の出荷状況及び被告が原告会社にソ連材を供給する時期が定められておらず、その債務の内容を特定することができない。

(二) 被告は、原告会社のような業者との供給合意における買受け予定数量を参考に、エクスポートレス等と交渉するのであって、その年における供給量は、ソ連側の事情に左右される。

(三) 被告と原告会社間の売買は、いわゆる信用取引であって、業者の信用状態が時々刻々変化する以上、被告としては、原告会社の信用状況を見て個別契約を締結するか否かを決定する自由を留保し、原告会社は、木材の国内市場が著しく下落している場合には、被告に対し、供給合意に基づくソ連材の引取りを拒否することができた。

三  抗弁

1  (約束手形金債権の発生)

原告会社は、被告に対し、本件手形を各振出日に振り出した。

2  (原告林と被告間の保証契約)

(一) 原告林は、被告との間で、昭和四五年一〇月一日、本件継続的契約に基づいて発生する原告会社の被告に対する債務の履行を、原告会社と連帯して保証する旨の契約を締結した。

(二) 被告は、原告会社に対し、本件継続的契約に基づいて、昭和四五年一〇月一日から昭和五一年二月ころまでの間に、少くとも代金総額金八億三〇二六万五四八四円のソ連材を売り渡した。なお、本件手形は、右代金支払のために振り出されたものである。

3  (根抵当権設定契約)

(一) 被告は、原告会社に対し、本件継続的契約に基づいて、継続的に輸入したソ連材を売り渡し、その売買代金債権は、昭和五〇年末ころには、約金一四億円に達していた。

(二) 被告は、原告会社との間で、本件継続的契約に基づく既発生及び将来発生する売買代金債権を担保するため、昭和四六年ころに、本件不動産(四)ないし(六)につき、債権者を被告、債務者を原告会社とする根抵当権設定契約を締結し、これに基づいて、本件不動産(四)及び(六)につき根抵当権登記(三)の、本件不動産(五)につき本件登記(四)の各登記手続がされた。

(三) 原告会社と被告は、昭和五一年二月末ころまでに、本件不動産(一)ないし(三)及び(七)ないし(一一)につき、本件継続的契約に基づく既発生及び将来発生する売買代金債権を担保するため、被告と原告会社との間で、債権者を被告、債務者を原告とする根抵当権設定契約を締結し、これに基づいて、本件不動産(二)、(三)及び(七)ないし(一一)につき、そのころ根抵当権登記(二)、(四)の各登記手続がされ、本件不動産(一)につき、同年四月一九日に、根抵当権登記(一)の登記手続がされた。

4  (原告会社の所有権喪失)

(一) 本件不動産((五)及び(七)ないし(一一)を除く。)の任意競売手続の原因となった抗弁3(二)、(三)の各根抵当権は、抗弁3(一)の債権を被担保債権とする。

(二) 被告は、本件不動産(一)を昭和五三年一〇月二六日に、本件不動産(二)ないし(四)及び(六)を昭和五四年二月一三日にそれぞれ競落し、そのころ、競売代金を納付した。

5  (本件動産の譲渡)

原告会社は、被告をして本件動産を第三者への売却等により換価せしめ、その代金を被告の原告会社に対する手形債権の返済に充当させる目的で、昭和五一年一一月ころまでに、本件動産を被告に譲渡した。

6  (供給中止に対する原告会社の承諾)

原告会社は、昭和五一年四月一七日ころ、被告に対し、自己の営業を廃止して清算する旨を申し出たので、被告は、これを了承して、以後木材供給を確定的に停止したが、被告のかかる措置に対して、原告会社は、何らの異議を述べなかった。したがって、原告会社は、被告の木材供給停止を黙示に承諾したものである。

7  (信義則による木材引渡先履行義務の免除)

仮に、被告が原告会社に対し、木材供給義務を負担していたとしても、以下の事実によれば、被告は、先給付たる木材供給を拒絶しうるので、右供給義務を履行しなかったことは、違法でない。

(一) 昭和五一年二月ころ、原告会社の信用状態が悪化したとのうわさが金融筋に流れはじめ、被告も不安感を抱いていた。

(二) 同年三月はじめころ、被告が原告会社を調査したところ、原告会社は、不採算部門を抱えていたばかりか、不動産に過大な資金を固定せしめ、しかもその不動産の転売は、容易ならざる状況にあったのみならず、同年三月時点では、多額の不良債権が資産として計上されていて、実質的な債務超過額は、三億四三五二万九三八三円に達しており、早晩、手形不渡りは必至の状況にあったことが判明した。

(三) 同年二月一六日、被告は、原告会社から、資金、資産不足による資金繰りの窮迫を告げられて、手形金の支払延期等の援助を求められていた。

被告は、先給付として原告会社に木材を引き渡し、その見返りとして満期が一八〇日後である手形を取得するにすぎない以上、その手形の支払が拒絶されるおそれが生じた場合、信義則上、いわゆる不安の抗弁権により、木材の供給を拒絶することができる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2の各事実は認める。

2  同3(一)(二)の事実は認める。同(三)の事実については、各根抵当権の設定契約締結の時期及び被担保債権に同(一)の債権が含まれることを否認するが、その余の事実は認める。

3  同4(一)の事実を否認し、同(二)の事実は認める。

4  同5の事実は否認する。

5  同6の事実のうち、原告会社が被告に対し、自己の営業を廃止して清算する旨を申し出たことは認め、その余は否認する。

6  同7(一)(二)の事実は否認し、同(三)の事実のうち、二月一六日に原告会社が手形金の支払延期等を要請したことを認め、その余は否認する。

なお、本件継続的契約においては、木材引渡しを一時中止する場合には、被告と原告会社の協議が必要である旨規定され、いわゆる不安の抗弁を排除していた。

五  再抗弁

1  (相殺)

(一) 請求原因7の事実により、原告会社は、被告に対し、金一一億六七九一万〇三五八円の損害金債権を有する。

(二) 原告会社は、被告に対し、右債権を自働債権とし、抗弁1の約束手形金債権を受働債権として、昭和五四年三月二六日、本件訴状をもって相殺の意思表示をした。

(三) 原告林は、昭和五六年六月一一日、本件口頭弁論期日において、右相殺を援用する旨の意思表示をした。

2  (本件不動産(一)ないし(三)につき、根抵当権設定契約の無効、取消し)

本件不動産(一)ないし(三)について、請求原因5(二)(同所(1)を除く。)の記載を引用する。この場合において、同所(3)中「根抵当権登記(四)の原因たる根抵当権設定契約」とあるのは、「抗弁3(三)記載の各根抵当権設定契約」と読み替えるものとする。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(一)の事実に対する認否は、請求原因に対する認否4と同一なので、これを引用する。

2  同2の事実は否認する。

七  再々抗弁

再抗弁1(一)に対する再々抗弁は、抗弁6、7と同一なので、これを引用する。

八  再々抗弁に対する認否

抗弁に対する認否5、6と同一なので、これを引用する。

第三証拠《省略》

理由

一  (約束手形金債務の存否)

請求原因1及びこれに対する抗弁1、2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。そこで、再抗弁1(相殺)の事実を判断するに、再抗弁1(一)の事実は、請求原因7(被告の債務不履行)と同一であるから、まず請求原因7の各事実を判断する。

1  (被告の木材引渡義務)

(一)  請求原因7(一)(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)  同(三)の事実のうち、昭和五一年一月末ころ、原告会社と被告との間で昭和五一年中に供給するソ連材の数量に関する合意がされたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その数量は、一〇万立方メートルであると認めることができる。《証拠判断省略》

(三)  被告は、右認定の供給合意は、何ら法的拘束力がないと主張する。そこで、供給合意が、被告の原告会社に対する確定的な木材引渡義務を発生させるものであるか否かについて検討する。

(1) 《証拠省略》によれば、本件継続的契約では、ソ連材の取引数量、売買代金額のみならず、品種、受渡方法、時期等も別途協議によって定められることが予定されており、いかなる合意によって具体的な木材の引渡義務が被告に発生するかについては格別の定めがされていないことが認められ、これに反する証拠はない。

(2) 《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められる。

(ア) 被告は、エクスポートレスとの間で一年単位でソ連材の輸入契約を締結していたが、その締結前に、原告会社など、被告から右ソ連材を買い受けるいわゆる一次問屋に対し、右一次問屋が買受けを予定するソ連材の数量についての希望を打診し、その数量を基礎にしてエクスポートレスとの折衝を行っていた。

(イ) 原告会社と被告とは、昭和五〇年末ころから、昭和五一年中に被告が原告会社に供給するソ連材の数量について話合いを行い、昭和五一年一月末ころに供給合意が成立したが、その直後である同年二月二日に被告とエクスポートレスとの間で昭和五一年中のソ連材輸入契約が締結された。

(ウ) 従来から、被告とエクスポートレス間の輸入契約に基づいてエクスポートレスが現実に被告に供給する木材の数量は、ソ連において戦争、労働者の減少、異常気象などの特別事情が発生した場合に多少変更されることがあり、それに応じて被告が原告会社に供給するソ連材の数量も変更されたが、ソ連材は、一年を通じて四半期ごとに、ほぼ平均した数量で、日本国内の港に積送されてきた。

(エ) 従前の取引形態によれば、エクスポートレスは、ソ連船舶公団から傭船し、樹種別積載可能概数、本船名及びソ連国内の積込港への到着予定日を被告に通知(積送アナウンス)し、これを受けて被告は、原告会社にそのソ連材を引き取るかどうかを問い合わせ、原告会社が引取りを決定した場合、直ちにエクスポートレスに対して電報でその木材の引渡しを受ける日本の港(揚港)を指定する。エクスポートレスは、この電報を受けて、ソ連材を積載した船舶の船長をして、積込港の名称とその出港時、樹種別確定数量及び揚港到着予定日を送り状(インボイス)に基づいて被告に打電させる。右のインボイス記載の数量が最終数量となり、また、ソ連国内のどの港が積載港であるかによって、引渡しを受けるソ連材の樹種や品質が被告及び原告会社に明らかになるので、インボイスの内容を記した電報が被告に到達した後、船舶が日本国内の港に入港するまでに、右の数量、樹種、品質、輸入価格等を基礎にして原告会社と被告の間でソ連材の代金額を決定する。そして、被告から原告会社へのソ連材の引渡しは、揚港に木材を積載した船舶が入港することによってなされ、その後の荷(ソ連材)の陸上げや検量は、ほぼ原告会社の役割となっており、この引渡しを受けた数日後に、被告と原告会社の間でソ連材の売約書が作成される。

以上のような輸入手続の下で、原告会社などの一次問屋は、被告との合意で定められた数量に基づき、向こう一年間の販売、営業計画を立てるのであるから、被告のような商社としても合意された供給数量を尊重することは、商慣習として暗黙の了解事項となっていた。

(3) 《証拠判断省略》

(4) 右(ア)ないし(エ)の事実を総合すると、合意によって被告が原告会社に一年間に引き渡すべきソ連材の数量が決定されれば、その後一年間の一定の時期に一定の数量のソ連材を被告が原告会社に引き渡すことが右当事者間で予定されていると認めることができる。他方、引き渡されるソ連材が特定し、その内容が被告及び原告会社に判明するのは、早くとも前記輸入手続において、インボイス記載内容が電報で被告に通知された時点であり、被告が積送アナウンス及びインボイスの内容を記載した電報を受けた後において、あらためて原告会社と被告との間で、ソ連材の引取り及び代金額について協議することが予定されていると認めることができる。そうすると、被告が原告に対して具体的なソ連材の引渡義務を負担するのは、供給合意後に原告会社と被告の間で協議がなされて確定した数量、樹種、品質のソ連材について売買代金額が決定された時点であって、このような個別的売買契約が成立しない限り、原告会社も、被告に対し具体的なソ連材の引渡しを請求しえないと解すべきである。供給合意によって被告が原告会社に負担する義務は、エクスポートレスから積送アナウンスを受けた場合、エクスポートレスと連絡を取り、原告会社とソ連材の引渡し及びその代金額に関する交渉を行って前記個別的売買契約を締結する義務であって、供給合意は、一定の要件の下に最終的合意をすべき中間的合意と解するのが相当である。

したがって、被告にソ連材引渡義務が発生したことを前提とし、その不履行により原告会社が被告に対し損害賠償請求権を取得したとする請求原因7は、理由がない。

2  ところで、供給合意によって発生する被告の義務が前記のとおり原告会社との間でソ連材の個別的な売買契約を締結する義務であるとすれば、被告の右義務の不履行が問題となるが、次に述べるとおり、被告が原告会社との間でソ連材の売買契約を締結しなかったことが違法であると認めることはできない。

(一)  《証拠省略》を総合すれば以下の事実を認めることができる。

(1) 昭和五一年二月一六日、原告林は、被告方を訪れて同月から翌三月にかけて集中した被告に対する支払手形の決済(二月中に金一億〇九三八万二〇〇〇円、三月中に金三億四七五七万七〇〇〇円)について、原告会社の手持ち手形の手形割引枠に不足を来たしたとして、ソ連材の早期引渡し、原告会社の手持ち手形を被告の取引銀行において割引くこと、原告会社所有にかかる直江津に保管してある工場材(以下「直江津工場材」という。)の被告による買取り又は原告会社振出の手形金の支払延期を要請した。当時、被告方の役員らは、原告会社の経営状態が悪化しているとのうわさを聞いていたこと、被告は、昭和五〇年末で原告会社に対して約金一四億円にのぼるソ連材の売買代金債権を有していたことなどから、被告は、原告林の右要請を聞いて、右売買代金債権及び今後原告会社に供給するソ連材の売買代金の回収につき、不安を抱くようになった。

(2) 昭和五一年二月一九日、原告林は、再度被告方で手形金の支払延期等を被告に要請したところ、被告は、原告林に対して、原告会社の資産の早期売却と減縮経営による経営の健全化を求めた。原告林は、これを承諾するとともに、被告に対して、原告会社再建の協力を要請した。

(3) 被告は、右協力要請を受け、同年三月二日、被告経理課長渡辺徹に原告会社の経理内容や資産状態を、原告会社の昭和五〇年一二月三一日現在における原告会社作成の税務申告書に基づいて調査させた。その結果、同人は、原告会社の不動産投資や住宅事業勘定が巨額であることから長期借入れが行われ、資金が固定化されており、今後、固定化した資金を流動化するには非常な困難を伴なうこと、丸上木材株式会社に対する不渡手形金債権や奈良県日ソ貿易協同組合及び奈良栄和商事株式会社に対する長期間回収未了の売掛金債権(合計約金四億円)が資産として計上され、原告会社は、これを償却していないこと、直江津工場材の売却により約金一億円程度の損失が発生すること、これらを総合評価すると、原告会社は、約金三億四〇〇〇万円の債務超過の状態にあると判断し、この旨を上司に報告した。また、被告は、同年三月上旬に王子不動産株式会社に依頼して、原告会社所有不動産の価額調査をさせて右調査結果の裏付けを得た。

(4) 右の調査結果及び原告会社に対する同年三月末におけるソ連材の売買代金債権残金が約一〇億四〇〇〇万円であったことから、被告は、その回収に対する不安を一層増大させることになり、再建計画案を被告に提出しない限り、新規にソ連材を供給しない旨原告会社に明言するに至った。

その後も、原告会社は、被告にソ連材の供給を要求し、原告会社の再建に関する事情を説明し、同月二六日に昭和五一年中の事業計画案を被告に提示したが、被告は、昭和五一年中の事業計画案では不十分であり、抜本的な再建案を提示するよう述べた。被告は、その間にも原告会社が訴外株式会社本州木材に手形金の支払の延期を求め、また、同訴外会社に負担していた金八〇〇〇万円の債務を担保するため、第三者振出の手形七通を右本州木材に担保として引き渡したことを聞き、ますます不安をつのらせた。そして、被告は、翌四月八日に原告会社から再建計画案を提示され、これを検討していたところ、原告会社は、同年三月以降、新規にソ連材の供給を受けていないことから今後の支払手形の決済は困難と判断して、同月一七日に被告に営業廃止を申し出た。この段階で、被告は、確定的に原告会社に対するソ連材の供給を停止する旨決意するに至った。

《証拠判断省略》

(二)  (1)ないし(4)の事実を総合すれば、昭和五一年二月一六日以降、原告会社の資産、経営状態悪化という事態が次々と被告に判明していった状況の下において、原告会社との間でソ連材の個別的売買契約を締結してソ連材を引き渡してもその売買代金の支払が確実に履行されることを期待できないと被告が考えるに至ったことは、無理からぬことであり、原告会社と被告との従来からの密接な関係を考慮しても、被告が原告会社と個別的売買契約を締結しなかったことは、信義則上やむをえない措置であったと認めることができる。

以上のように、被告は、信義則上原告会社に対し、個別的売買契約の締結を拒絶する地位を取得したと解すべきであるから、被告が原告会社と個別的売買契約を締結しなかったことをもって違法とまで認めることはできない。

二  (根抵当権の設定)

1  請求原因3、4、5(一)の各事実は、当事者間に争いがない。そして、原告会社の被告に対する本件不動産についての根抵当権設定契約に関する抗弁3(一)(二)の事実と、原告会社の所有権喪失に関する抗弁4の事実は、いずれも当事者間に争いがない。そこで、本件不動産(七)ないし(一一)についての被担保債権の範囲及び請求原因5(二)(2)(3)(4)の各事実並びに本件不動産(一)ないし(三)についての抗弁3(三)の各事実について判断する。

2  当事者間に争いのない昭和五〇年末ころにおける被告の原告会社に対するソ連材の売買代金債権残金は、約金一四億円に達していた事実並びに《証拠省略》を総合すれば、昭和五〇年末ころ、被告が原告会社に対して有していた根抵当権の極度額の総額は、金二億円のみであったことから、前記金一四億円にのぼる売買代金債権残額との不均衡を是正すべく、被告は、原告会社に増担保を要請したこと、原告会社は、被告の増担保の要請に応じて、担保設定が可能な物件のリストを作成し、昭和五〇年一二月二日に被告方へ持参したこと、被告は、昭和五〇年一月から二月にかけて右のリストを検討し、原告会社の物件調査を進めていたところ、昭和五一年二月一六日に、前示認定の原告会社から被告に対する手形金の支払延期等の要請があったので、被告は、原告会社の資産状態に対して不安を抱き、早期に根抵当権を設定する手続を進めることにしたこと、右要請の際にも、原告会社は、被告に担保提供のための物件のリストを渡したこと、被告は、前示認定のとおり、同年二月一九日以降、原告会社から、原告会社再建のための協力の要請を受け、原告会社も右協力を受けるため、積極的にその所有する不動産に根抵当権を設定するように勧めたので、同月末ころまでに、原告会社と被告の間で本件不動産(二)、(三)及び(七)ないし(一一)につき根抵当権を設定する旨の合意が成立し、同月二八日までに根抵当権登記(二)、(四)の各登記手続がされたこと、また、本件不動産(一)について遅くとも同年三月二五日ころまでに原告会社と被告の間で根抵当権を設定する旨の合意が成立し、同年四月一九日に根抵当権登記(一)の登記手続がされたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

3  (被担保債権の範囲)

原告らは、本件不動産(一)ないし(三)及び(七)ないし(一一)に設定された根抵当権の被担保債権の範囲は、根抵当権設定契約後に被告が原告会社に供給するソ連材の売買代金債権に限定されている旨主張する。

しかし、本件不動産(一)についての根抵当権設定契約書である《証拠省略》には、被担保債権の範囲は、原告会社と被告間の本件継続的契約に基づき被告が取得する債権である旨明示されており、既発生の約金一四億円の売買代金債権も本件継続的契約に基づいて発生した債権であることも明らかであるから、既発生の約金一四億円の債権も本件不動産(一)に設定された根抵当権の被担保債権に含まれると解すべきである。本件不動産(二)、(三)及び(七)ないし(一一)に設定された被担保債権の範囲についても、前記2認定の増担保に関する経緯に照らし既発生の約金一四億円の売買代金債権がこれに含まれると解することができる。

したがって、原告らの前記主張は理由がない。

4  (通謀虚偽表示)

《証拠省略》には、本件不動産(一)ないし(三)及び(七)ないし(一一)に根抵当権を設定するのは、単に形式を整えるだけであると言われたとの供述部分があるが、右部分は、前示認定の昭和五〇年末に売買代金債権残金が約金一四億円に達し、そのため、このころから根抵当権設定についての話合いがなされたとの事実に照らしにわかに措信し難く、他に請求原因5(二)(2)の事実を認めるに足る証拠はない。

5  (錯誤)

前記のとおり、本件不動産(一)ないし(三)及び(七)ないし(一一)につき根抵当権設定契約を締結するに際し、被告は、原告会社に対し、原告会社再建のための協力を約し、原告会社も今後のソ連材の新規供給を含んだ再建のための協力を期待したことが認められるが、右事実から被告が今後も原告会社にソ連材を供給することが右の根抵当権設定契約の条件となったとまで認めることはできない。《証拠判断省略》

6  (詐欺)

前示認定の原告会社が被告に対し、昭和五一年四月一七日に営業廃止を申し入れた時点で、被告は、原告会社に対し今後ソ連材の供給をしない旨を確定的に決したとの事実に照らすなら、昭和五一年二月末日及び三月末日の本件不動産(一)ないし(三)及び(七)ないし(一一)についての根抵当権設定契約時において、被告には、原告会社の資産状態に不安を抱き、新規にソ連材を供給することにはためらいがあったとはいえ、一切供給しないとまで考えていたと認めることはできないのみならず、前示5において認定のとおり、そもそも被告が原告会社に右根抵当権設定契約を締結してくれれば、木材取引を継続する旨の申し入れをしたとの点が認められない。また、他に請求原因5(二)(4)の事実を認めるに足る証拠もない。

以上により、本件不動産(一)ないし(三)及び(七)ないし(一一)に対する根抵当権設定契約は、いずれも有効になされたものであると認められるから、その不存在、無効を前提とする原告らの請求は理由がない。

三  (本件動産の譲渡)

1  請求原因6のうち、(一)及び(二)の各事実中、被告が、原告会社による本件動産の搬出を妨げたうえ、これを雄大に引き渡したことは、当事者間に争いがない。そこで、その余の事実の判断に先立ち、請求原因6の事実に対する抗弁5について判断する。

2  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告会社倒産後の昭和五一年九月ころ、原告会社は、事務所として使用していた本件不動産(一一)(ストークビル一〇階)の維持管理費支出が困難であったこと、残務整理に必要な範囲の事務所があれば足りることから、本件不動産(一一)の内部に、本件動産及び大型金庫一個などを置いたまま代々木の昭和トレーディングに事務所を移転した。

(二)  そのころ、原告会社は、被告に対し、前記ソ連材購入についての約束手形金債務を返済するため、本件不動産(一一)を任意売却し、その売得金をもって、右債務の弁済に充当しようと考えていたが、同所内に置いてあった大型金庫については、被告をして第三者に売却せしめ、その売得金を右債務の弁済に充当させる目的で、これを被告に譲渡した。被告は、これを昭和五二年二月ころ、王子不動産株式会社に金一五万円で売り渡した。

(三)  原告会社は、昭和五一年一〇月ころ、本件不動産(一一)から退去して他へ移転し、その際その入口のドアの鍵一個を被告の総務課長船木に手渡すと共に、同不動産内所在の事務用机、書棚、ロッカー類、帳簿を搬出し、さらに翌五二年二月ころにも、本件動産を除き、殆どの物品を搬出した。

(四)  原告会社は、本件不動産(一一)の管理を不二興業というビル管理会社に委ねてその管理費用を支払っていたが、右事務所移転のころから右管理費用を殆ど支払わなくなった。

(五)  原告林は、昭和五二年八月六日、原告会社の社員に本件動産を搬出するよう指示したが、前示認定のとおり、被告に搬出を妨げられた。しかし、原告林は、右搬出を妨げられたことについて、その後被告に対し何ら異議、苦情を述べることはなかった。

3  以上認定の各事実を総合すると、本件動産も、前記大型金庫と同様に、その売得金を被告に対する債務の弁済に充当させるため、本件不動産(一一)の入口の鍵が被告に交付された昭和五一年一〇月ころに、原告会社から被告に譲渡されたと推認することができる。

《証拠判断省略》

よって、原告会社の被告に対する本件動産喪失についての損害賠償請求は理由がない。

四  請求原因7の事実に対する判断は、前記一と同様である。

五  (結論)

よって、その余の事実について判断するまでもなく、原告らの請求はすべて理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 富越和厚 萩原秀紀)

〈以下省略〉

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